知り合いのつてで数年間、ゲームとは何の関係もない業界のスタートアップで仕事し続けてきた。今のシフトは週に1日、とんでもなく自由な勤務を許されてきたんだけど、今月末でその会社が潰れるかもしれないらしい。うわあああああ。中野で飲んで帰宅して頭痛と戦いながらこの日記を書いている。

自分は社会経験に乏しいオタクで、それは創作物とかにも現れてると思うんだけど、それでもちょっとだけ描写にリアリティをもたらせたかなと思うときがある。ゼロ年代では無く、2025年に書かれた作品としての最低限のリアリティだ。当然、そのリアリティは外部からもたらされたもので、自分にとっては特にスタートアップの飲み会で学んだ要素が大きかった。例えばチオにはモデルがいる。童貞を守るよう自分に強く勧告してきて、結果的に自分もマッチングアプリで出会った童貞と結婚していた。線が細くて大人しい男だった。まあ、うん、ちょっと例えを間違えたかもしれないけど、みんなに尊敬できる要素があったし、異性を紹介して貰ったこともある(数回だけ会って消滅した)し、とにかく非オタク的なものと自分との接点になっていた。その外部からの入力が、突如消えてしまうかもしれないと思うと、言葉に出来ない恐怖を感じる。

逆張りで、自分は飲み会の場では平然としてたんだけど(社員が給与未払いについて怯えていたから)、やっぱりめちゃくちゃ悲しいかもしれない。ああああああ。みんな社会性が高くて職場では前向きにしていたからなおさらだ。常に考えていたことだけど、社会を良い方向に変えるという軸と、金を多く稼ぐという軸は交わらない。それなのに会社は2つが相関している前提で動いている。朝会で話題に上がるのは前者だけど、投資家や株主は後者しか見ていない。倫理資本主義の時代という本を前に読んだ。資本主義がうまくいっていたのは数十年前までの話で、今は望ましい社会の姿に合わせてデザインすべきなんじゃないかと思っている。